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東京地方裁判所 平成元年(ワ)2929号 判決

原告

藤澤雅子

ほか一名

被告

有限会社久高興業

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの各負担とする。

事実

第一(当事者の求める裁判)

一  請求の趣旨

1  被告は原告らそれぞれに対し一三三七万二四八三円及びこれに対する昭和六一年九月五日から完済まで年五分の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二(当事者の主張)

一  請求の原因

1  岡田典子(昭和三年五月二六日生まれ、以下「典子」という。)は、昭和六一年九月五日午前七時一〇分ころ、東京都板橋区坂下三丁目二九番九号先の高島通り方面から舟渡方面に通じる道路(通称蓮根駅前通り、以下「本件道路」という。)と中山道から高島平方面に通じる道路(以下「本件交差道路」という。)とが交差する交差点(以下「本件交差点」という。)の北側横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)を対面信号が青を表示していたので東から西に向けて歩行していたところ、本件道路を高島通り方面から舟渡方面に向かつて進行していた工藤明大の運転する普通貨物自動車(練馬一一そ四八七八、以下「加害車両」という。)に衝突されて、急性硬膜下血腫、脳挫傷及び頭蓋骨骨折の傷害を受け、翌同月六日死亡するに至つた(以下「本件事故」という。)。

原告らは、典子の子であり、同人の死亡によりその権利義務を二分の一ずつ相続した。

2  被告は、加害車両を所有しこれを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき、本件事故により典子及び原告らが被つた後記損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

3(一)  治療費 六三万〇一〇〇円

(二)  葬儀費 一〇〇万円

(三)  逸失利益 三〇二五万一五六七円

(1) 定年時(昭和六三年三月三一日)までの得べかりし給与 一一二一万七四一三円

(2) 定年後の再雇用期間(平成三年三月三一日まで)の給与見込み 六三七万三五一二円

(3) 退職手当金差額 一六八万五九四五円

(4) 平成四年四月一日以降の逸失利益 一〇九七万四六九七円

右は、六四歳の平均給与月額一六万九二〇〇円を基礎とし、女子六四歳の平均余命二〇・一四年の二分の一の一〇年を稼働年数としたライプニツツ係数(七・七二一七)、生活費控除三割として算定した額である。

(四)  慰藉料 一八〇〇万円

典子は、夫である亡恒夫が昭和四九年に死亡した際、一九歳の原告藤澤と一五歳の原告岡田を残され、女手一つで看護婦をしながら生計を維持し、ようやく原告らを結婚させた直後に本件事故に遭遇したものである。典子は、これからようやく仕事から離れ、自分の時間をもとうとした矢先の事故であり、悔しさは想像に難くない。一方、被告は、本件事故の原因は典子にあるとして、示談交渉に応じない。右のような諸事情に鑑みると、原告らの精神的苦痛を慰藉するためには、少なくとも一八〇〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

(五)  原告らは、本件事故について被告が原告らに対して負つた損害賠償債務の弁済として、自動車損害賠償責任保険から二五六三万六七〇〇円の支払を受けた。

(六)  弁護士費用 二五〇万円

4  よつて、原告らはそれぞれ被告に対し、本件事故に基づく損害賠償として、一三三七万二四八三円及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年九月五日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁

請求原因1の事実のうち、典子の対面信号が青を表示していたことは否認するが、その余の事実は認める。同2の事実のうち、被告が加害車両を所有しこれを事故のために運行の用に供していた者であることは認めるが、その余の原告の主張は争う。同3の事実のうち(五)の事実は認めるが、その余の事実は争う。

三  被告の過失相殺の主張

本件事故は、典子がその対面信号が赤を表示していたにもかかわらずこれを無視し、本件横断歩道を歩行していたため、折から本件道路を典子の左方である高島通り方面から舟渡方面に向けて対面信号青の表示に従つて進行した加害車両と衝突したものである。右の本件事故の発生の態様に照らすと、典子の側に重大な過失があるものというべきであり、典子及び原告らの損害額を定めるに当たつては右過失が斟酌されるべきである。

四  右被告の主張に対する原告の反論

被告の右主張は否認する。典子は、その対面信号が青に変わるのを待ち、青に変わるのと同時に本件横断歩道を渡り始めたものであり、加害車両がその進行車線前方に駐車していた車両を追い越そうとして中央線を超えて対向車線に入りそのまま本件交差点に進入し、典子を避けきれずに衝突したものである。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1の事実のうち、典子の対面信号が青を表示していたことを除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、また、同2の事実のうち被告が加害車両を所有しこれを自己のために運行の用に供していた者であることも当事者間に争いがない。

右争いのない事実によると、被告は自賠法三条本文に基づき、典子及び原告らが本件事故により典子の受傷・死亡により被つた後記損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

二  そこで、本件事故により典子及び原告らが被つた損害について判断することとする。

1  治療費

成立について当事者間に争いがない甲第二号証及び同第六号証によると、典子は、帝京大学付属病院において本件事故により被つた前記傷害の治療を受け、治療費として六三万〇一〇〇円の負担をし、同額の損害を被つたことを認めることがである。

2  葬儀費

原告藤澤雅子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告らが、典子の葬儀を営み少なくとも一〇〇万円の支出を余儀なくされ、右同額の損害を被つたことを認めることができる。

3  逸失利益について

成立について当事者間に争いがない甲第六号証、弁論の全趣旨により成立の真正を認めることができる同第七号証ないし第一一号証及び原告藤澤雅子本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

典子は、看護婦の資格を得て、昭和四四年から東京都立大塚病院に勤務し、昭和五五年ころから東京都立豊島病院に勤務し、本件事故当時主任看護婦の地位にあつた者である。典子は、本件事故により死亡することがなかつたとすれば、昭和六三年三月三一日で定年となるまでの間右勤務を継続することができ、また、定年後は再雇用され、平成三年三月三一日まで勤務することができる蓋然性が高かつたこと、その場合、(一)昭和六一年九月一日から同年一二月三一日まで二六四万九四〇四円、同六二年一月一日から同年一二月三一日まで七〇七万五六七八円、同六三年一月一日から同年三月三一日まで一四九万二三三一円の給与の支払を受けることができ、(二)右定年退職時に受けるべき退職金は一一六九万九八八〇円であり現実に支払を受けた退職金は一〇〇一万三九三五円であり、その差額は一六八万五九四五円であり、(三)定年後平成三年三月三一日まで給与として六三七万三五一二円の支払を受け得る可能性があつたこと、(四)同年四月一日から稼働可能な六七歳までの七年間賃金センサス昭和六二年第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・全年齢の年収二四七万七三〇〇円を基礎として、算定した金額の収入を取得しすることができたことをそれぞれ認めることができる。

そして、右得べかりし利益を喪失したことによる本件事故時における損害の現価を算定するに当たつては、右(二)の退職金差額を除くその余の得べかりし利益については生活費として収入の四〇パーセントを控除するのが相当であり、また、本件事故時と右各収入を得べき時との間の中間利息を控除すべき筋合いであるが、計算がいたずらに煩雑となるからこれを控除しないこととし、但し原告らに右中間利息相当分の利得を得させないために本件事故の日からの遅延損害金はこれを付さないこととする。

そうすると、典子の逸失利益は、計算上二二六四万五一五九円となる。

4  慰藉料について

原告藤澤雅子本人尋問の結果によると、請求原因三(四)の事実を認めることができ、右事実及び本件に現れた一切の事情に照らすと、典子の死亡により原告らが被つた精神的苦痛を慰藉するためには、一八〇〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

三  過失相殺の主張について

成立について当事者間に争いがない乙第一号証の一ないし五、本件事故現場の写真であることについて当事者間に争いがなく、その余の部分については原告藤澤雅子本人尋問の結果により原告らの主張のとおりの写真であることを認めることができる甲第一三号証及び右本人尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができ、その認定を覆すに足りる証拠はない。

本件道路のうち本件交差点より舟渡方面の道路(本件横断歩道もここの部分に位置する。)は、車道幅員六・八メートルで二車線からなり、工藤の進行車線は幅員が三・三五メートルでその左側には歩道も路側帯も設けられていないが、対向車線の東側には一・四メートルの路側帯が設置されている。本件道路は、市街地に位置し、舗装された平坦な道路で、前方の見通しはよいが、道路の両側に商店及び住宅が立ち並んでいるため左右前方の見通しはよくなく、東京都公安委員会により最高速度毎時三〇キロメートルに制限されている。本件交差点には信号機が設置されており、そのサイクルは別紙「三軒家通り交差点(定周期式)信号機現示秒数表」記載のとおりである。

工藤は、本件交差点直前において、右信号のうち自己の対面信号の表示が青から黄に変わつたにもかかわらず、一時停止することなく、しかも道路の中央線に気を取られて前方に対する注意を欠いたため、折から本件横断歩道を自己の進行方向から見て右から左に渡り始めた典子をその約一三・五メートルの至近距離に至つて始めて発見し、直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず、加害車両を典子に衝突させたものである。他方、典子は、本件道路の前記路側帯を舟渡方面から高島通りに向けて歩行し、本件横断歩道を渡つて高島平方面に向かおうとし、対面信号が赤であるにもかかわらず、かつ、本件道路の安全を確認することなく本件横断歩道の横断を開始したため、その中央付近において加害車両に衝突されたものである。

原告らは、前掲乙第一号証の四の豊田文美男及び浦西博、同号証の五の沢田文明の各指示説明に疑問があり、典子はその対面信号が青を表示していることを確認して本件横断歩道の横断を開始したものである旨主張するが、右豊田文美男、浦西博及び沢田文明の各指示説明に疑問はないから、右原告らの主張は採用することができない。

右に認定した事実によると、本件事故の発生については典子の側にも過失があるものというべきであり、工藤の過失を対比すると、典子の過失は四割と認めるのが相当であるから、典子及び原告らの損害額から四割を控除することとする。そうすると、原告らの被告に対する本件事故に基づく損害賠償債権の額は合計二五三六万五一五五円となる。

四  原告らが、右損害賠償債権について、自動車損害賠償責任保険から合計二五六三万六七〇〇円の弁済を受けたことは、当事者間に争いがない。

五  以上認定したところによると、原告らの被告に対する本件事故に基づく損害賠償債権はすべて右弁済により消滅したものというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないことに帰するものというべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸)

三軒家通り交差点(定周期式)信号機現示秒数表

〈省略〉

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